性教育の不在がもたらす構造的被害──規制・表現・教育の三角問題

表現規制に関する学術的政策批評

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第5章 創作物の位置づけ──規制の非対称性

第5節1項 エロゲー・AV・写真集の位置づけ

エロゲー、AV、写真集は、社会から「いかがわしいもの」というラベルを貼られている。しかし、その実態と機能を精査すると、ラベルと中身の間に大きな乖離がある。

エロゲーについては、物語を通じた関係性の構築がゲームデザインに組み込まれている作品が存在する。数十時間かけて相手の背景を知り、感情を理解し、信頼を積み重ねた先に性的な場面がある。これは「セックスは関係性によって生じるものである」という哲学が制作者の中にあるからであり、プレイヤーはこの構造を体験として学ぶ。結果的に、学校の性教育が扱えていない「関係性の中で性行為が生じる」という構造を、いかがわしいとされるエロゲーが体験として提供しうる可能性がある。ただし、エロゲーが性教育の代替として実際に機能するかを直接検証した実証研究は、現時点では確認されていない。

AV業界については、2022年に施行されたAV出演被害防止・救済法により、契約は映像ごとに締結すること、撮影から4ヶ月間は公表禁止、公表後1年間(施行後2年間)は無条件で契約解除可能とするなど、法的に品質管理が強化された。モザイク規制(刑法175条)への対応や販売プラットフォームの審査も行われている。ただし、この法律が制定された背景には、それ以前に十分な同意のないまま出演させられた被害事例が多数報告されていたことがある(HRN 2017年調査、毎日新聞2022年6月16日報道)。現在の制度は、過去の構造的欠陥を法的に是正した結果であり、「最初から問題がなかった」わけではない。

写真集については、子どもを被写体とする写真集が存在し、大人が企画・撮影・流通・利益獲得をしている構造がある。被写体の子どもに十分な判断能力があるかは疑わしいが、「芸術」や「文化」のラベルが貼られた瞬間に許容される。一方で、実在の被害者が一人もいない創作物が「有害」として規制される。この非対称性の根拠は明示されない。

対象 実在の被害者 品質管理 社会的扱い
エロゲー(物語型) なし あり(レーティング、販売審査) いかがわしい → 規制対象
AV なし(2022年AV出演被害防止・救済法により同意・契約が法的に強化。ただし法制定以前は同意不十分な被害事例が多数報告されていた) 厳格(年齢確認、映像ごとの契約、4ヶ月公表禁止、1年間無条件解除権、モザイク規制) いかがわしい → 宣伝制限
子ども写真集 子ども本人(判断能力未確認) 不透明 芸術・文化のラベルにより法的グレーゾーンで存続(2014年の児童ポルノ所持禁止以降、多くの業者が閉業したが、非露骨な写真集は規制対象外となる場合がある)
創作物(架空の未成年描写) なし(完全にフィクション) あり(レーティング) 有害 → 規制対象

第5節2項 GTAとの比較

Grand Theft Autoは、人を撃ち、車を奪い、警察から逃げ、街を破壊するゲームである。Z指定(18歳以上対象)だが、法的強制力はなく業界の自主規制に留まる。子どもが親にお願いして購入している事例は日常的に存在する。

この事実と性的コンテンツの扱いを並べたとき、暴力表現は大々的に宣伝でき、性的表現はできないという非対称性が浮かび上がる。

比較項目 GTA(暴力表現) エロゲー(性的表現)
内容 殺人、強盗、暴力のシミュレーション 恋愛関係・性行為のシミュレーション
人間にとっての自然さ 殺人衝動は条件依存的であり日常的欲求ではない 性的欲求は生物学的に普遍的であり日常的に発生する
宣伝 大々的に可能 極めて制限される
子どもが入手した場合 「区別つくでしょ」 「悪影響がある」
レーティング Z指定(CERO自体は自主規制。ただし都道府県の青少年健全育成条例により、18歳未満への販売に罰則を設けている自治体が存在する) 18禁(自主規制)
教育的議論 ほぼなし 「子どもに見せるな」

この非対称性の根拠を追跡すると、再び「誰が何の基準で決めているのか」という問いに行き着く。

第5節3項 カタルシス機能の実例

性的表現が犯罪の抑止として機能している事例が存在する。最も極端なケースとして、ペドフィリアの性的嗜好を持つ人間が、創作物を代替手段として使用することで実行動の抑制に繋がっている可能性を示唆する研究が存在する(付録B-13-2)。

規制側の論理に従えば、このような表現は犯罪を誘発するはずだが、現時点の暫定的な研究データでは、逆に抑止として機能している可能性が示唆されている(Harper et al. 2023)。一方で、FSMの使用がリスクを増大させる条件も理論的に提示されており(Seto 2019)、結論は確定していない。確定していないにもかかわらず規制を行った場合、処理手段を奪われた人間の欲求が消えるわけではないため、出口を塞ぐことで実害が増加するリスクを引き受けることになる。そのリスクの責任を誰が取るのかという問いは、現時点で回答されていない。

規制した場合の想定 規制しない場合の現状
欲求が消えるわけではない 創作物で処理され、実行動に至らない可能性が暫定データで示唆されている(Harper et al. 2023, PMC10506952)
出口が塞がれ、行き場を失う 出口が存在し、実害が発生しにくい状況が観察されている
実害増加のリスクがあるが、その責任の所在が不明 現時点では抑止的に機能している可能性がある
FSM使用がリスクを増大させる理論的可能性も排除されていない(Seto 2019, motivation-facilitation model) ただし、全ての使用者に対して保護的に機能する保証はなく、個人差・文脈依存性がある