性教育の不在がもたらす構造的被害──規制・表現・教育の三角問題

表現規制に関する学術的政策批評

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付録C:空繰妖華薫の主張

「行為がダメなのではない。加害をするな、被害を出すな。」


主張1:性行為そのものの否定をやめよ

子供同士が互いに思い合い、愛し合う中で、性行為に至ることはある。それが純粋な気持ちと性欲に基づくものであり、互いの意思が確認されているならば、その思いは遂げられるべきである。

理由: 性的欲求を忌まわしいものとして扱うから歪む。行為そのものを禁止するから出口を失う。欲求は生物として自然に発生するものであり、そこに善悪はない。


主張2:守るべきは「行為の不在」ではなく「加害の不在」である

加害をしないこと。被害を出さないこと。避妊等の安全措置を必ず行うこと。

理由: 守るべきは「行為の不在」ではなく「加害の不在」である。行為の有無ではなく、関係の質を見るべきである。


主張3:自由には責任が伴う

避妊をせず中出しをする場合は、お互いが子供を欲しいと了承した上で、なおかつその結果に対する責任を否応なく引き受けること。

理由: 自由には責任が伴う。行為を許容するということは、結果を引き受けることとセットである。


主張4:恋愛の形に優劣はない

恋愛の形は様々である。同級生、上級生、下級生、同じ学校の先生、ネットで出会った同年代の子。どの形であっても、自分の気持ちから逃げずに、真剣に恋愛をして欲しい。

理由: 恋愛の形態に優劣はない。どこで芽生えた感情であっても、本物の気持ちであるならば、その気持ちと正面から向き合うことが人としての成熟に繋がる。


主張5:性教育は不可欠である

この全てを成立させるために、性教育は不可欠である。同意の取り方、避妊の方法、自分の欲求との向き合い方、相手の気持ちの確認の仕方を教えること。

理由: 教えることで初めて、行為を選ぶことも拒否を選ぶことも可能になる。教えられていないから断れない。知らないから流される。教えないから判断を誤る。性教育は行為を可能にするものであると同時に、拒否を可能にするものである。