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複雑性保存の法則

複雑性は消えない、移転するだけ

付録D. 既存理論との関係

D.1 概要

複雑性保存の法則は、複数の既存理論と構造的な類似性を持つ。ただし、本法則はこれらの理論を統合・包含するものではなく、異なる分野で独立に観測されてきた現象が共通の構造を持つことを指摘するものである。

D.2 既存理論との対応関係

既存理論 提唱者 分野 核心的主張 本法則との構造的類似点 本法則との相違点
ゲーデルの不完全性定理 クルト・ゲーデル 数理論理学 十分に強力な形式体系には証明も反証もできない命題が存在し(第一定理)、また自身の無矛盾性を自身の内部で証明できない(第二定理) 自己言及性(原則2)と同型の構造を持つ。特に第二定理が示す「形式体系が自身の無矛盾性を証明できない」という制約は、フレームワークが自身を検証できない制約と対応する ゲーデルの不完全性定理は数学的に厳密に証明されている。本法則は形式的証明を持たず、観察に基づく原理的制約の記述である
オッカムの剃刀 オッカムのウィリアム 科学哲学 同等の説明力を持つ仮説が複数ある場合、最もシンプルなものを選ぶべきである 簡素化抵抗性(原則4)が直接的に言及する対象である。オッカムの剃刀が推奨する簡素化の試みが、新たな複雑性を生むメカニズムを本法則は記述する オッカムの剃刀は簡素化を推奨する規範的原則である。本法則は簡素化の限界を記述する記述的原則であり、簡素化自体を否定するものではない
銀の弾丸はない フレッド・ブルックス ソフトウェア工学 ソフトウェア開発の本質的複雑さは単一の手法や技術では解決できない 不滅性(原則1)と最も直接的に対応する。ブルックスが指摘した「本質的複雑さと偶発的複雑さ」の区別は、複雑性の移転先を分類する枠組みとして本法則と親和性が高い ブルックスの主張はソフトウェア工学に限定されている。本法則はフレームワーク一般に適用範囲を拡大しているが、それ自体が汎用自殺性(原則8)の適用対象となる
エネルギー保存則(熱力学第一法則) ユリウス・ロベルト・フォン・マイヤー、ジェームズ・プレスコット・ジュール、ヘルマン・フォン・ヘルムホルツ他 物理学 エネルギーは生成も消滅もせず、形態を変えて保存される 不滅性(原則1)の構造的類似元である。複雑性をエネルギーに、移転を形態変換に置き換えると、両法則はほぼ同型の主張を行う エネルギー保存則は物理量として定量的に測定・検証可能である。本法則における複雑性の定量的測定手段は確立されておらず、厳密な等量保存を主張するものではない
ラッセルのパラドックス バートランド・ラッセル 数理論理学 「自分自身を含まない集合すべての集合」は自己矛盾を生む 自己言及性(原則2)の古典的な先行事例である。フレームワークが自身を適用対象に含めた際に生じる矛盾は、ラッセルのパラドックスと同型の構造を持つ ラッセルのパラドックスは集合論における厳密な論理的矛盾である。本法則の自己言及性はより広範なフレームワーク一般に拡張されており、形式的厳密性は低い
観測者効果 (特定の提唱者に帰属しない一般的な概念) 量子力学 測定・観測行為は観測対象の状態に不可避的に影響を与える 観測起爆性(原則3)と構造的に類似する。法則の内部を観測する行為が法則を発動させる構造は、観測が系の状態を変化させる量子力学的現象と対応する 観測者効果は物理学においては物理的な相互作用として実証されている。本法則の観測起爆性は認知的・論理的な作用であり、物理的因果関係を主張するものではない

D.3 本法則の位置づけ

上記の既存理論との比較から、本法則の特徴は以下の3点に集約される。

第一に、本法則は複数の分野で個別に観測されてきた「複雑性の非消滅」「自己言及の限界」「簡素化の逆説」といった現象を、フレームワーク一般の性質として横断的に記述する試みである。個別分野の理論を統合するものではなく、共通構造の存在を指摘するものである。

第二に、本法則は既存理論と比較して形式的厳密性が著しく低い。ゲーデルの定理や熱力学法則のような数学的・物理学的な証明基盤を持たず、観察と論理的推論に基づく記述に留まっている。この限界自体が、本法則の近似性宣言(補則)に反映されている。

第三に、本法則は自身が記述する制約の適用対象であるという自己言及構造を明示的に組み込んでいる点で、上記の既存理論とは性質を異にする。既存理論の多くは自身の適用対象外に立つことを前提としているが、本法則はその立場を取ることが原理的に不可能であることを自ら宣言している。

なお、本付録が既存理論との関係を「整理・分類した」という行為自体がフレームワーク化であり、本法則の適用対象である。